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    グリルママ 町田

    • 2014.08.23 Saturday
    • 21:40

    私が子供の頃は、ファストフードもファミレスもなかったので、わが家には家族で外食という習慣がありませんでした。

    おかげで、初めての外食体験は今も鮮明に、その味まで覚えています。

    グリルママ町田の駅前にある洋食屋グリルママ
    ここだけ昭和で時間が止まっている。

    私の知っているまほろ駅前・・・じゃなくて町田駅前は昭和時代なので、今の再開発された駅前はまったく面影がないのですが、創業1957年というこの店のたたずまいはほとんど変わっていない・・・はず。

    7歳か8歳ぐらいの頃ではないかと思いますが、それまで本当に母親の作ったものしか食べたことがなかったので、かなりのカルチャーショックでした。

    今でもたまに町田に行く用事があれば、ランチはここです。
    お勧めはフライ系かな。
    懐かしい正統派洋食の味です。

    定食ミックスフライ定食750円
    付け合せのマカロニサラダもおいしいのよ。

    今回は、叔父の弔問の帰りに弟と入ったんだけど、弟は全く記憶にないという・・・。

    私と父だけの秘密だったのかもしれません。

     

    大人の立川 競輪〜IKEA〜玉河

    • 2014.05.22 Thursday
    • 13:25

    立川競輪・・・一度は行ってみたいと思っていた大人の遊び場。

    というのも、私は中学から高校まで、鉄道の駅がないことで知られる東京の秘境、武蔵村山市に住んでいて、主にバスで立川駅を利用していました。
    その頃は競輪=何やってるのかわからないけど、女子どもの近寄るところではないというイメージ。

    立川競輪のある日は、一車線の立川通りが大渋滞、30分で行けるところが1時間以上かかることもありました。
    まだ駅ビルではなかった立川駅北口から、グレーの服装の男たちがどんどん吐き出されて無料バスに詰め込まれていく・・・。

    そんな30年前のイメージを抱いたまま、思い立って競輪開催日の2日目、立川駅北口に降りてみたら・・・あれ?どこから無料バスが出ているのかわからない。
    それらしい人も全然見当たらない。

    それほど遠くはないことは知っていたので歩いて行ったら、ちゃんとバスが着いていた。
    どこから出ていたんだろ・・・。

    入口たちかわ競輪エントランス。
    自動改札みたいなゲートに50円を入れて通る。

    スタンドメインスタンドの2階より上は有料の特観席に改装されているが、両側は古いスタンドのままになっている。かなりの収容人数。
    しかし、人がいない・・・。
    女性もいないし、若い人もいない。

    穴場メインスタンドの1階。投票券は自動販売機よりも、有人のいわゆる「穴場」の販売のほうが多い。
    今は使っていない穴場の数がものすごく多くて、最盛期はどんだけの人が働いていたのか・・・。

    バンク1周約400メートルのバンク。
    選手は競馬で言うところの向こう正面から入場。

    レースは、7〜9人で競われ、先頭をレースとは関係ない自転車が走ります。風除け・・・かな?
    そのペースメーカーの後ろを1列に行儀よく並んで2周ほど回ると、先頭がすーっと内側にはずれ、ジャンジャンと鐘が鳴って、いきなり激しい先行争いが・・・なるほど。これは熱いな。

    のどかしかしながら、熱い鉄火場の雰囲気はどこにもなく、実にのんびりしている。

    というのも、高齢化率がハンパない。
    平均年齢65歳超え?

    入場料50円、自動販売機のドリンク50円から、売っている食べ物もJRAの競馬場に比べてぐっと安くて庶民的。
    蒸かしたじゃが芋100円とか。
    もちろん投票券は100円から買えるので、年金生活者に格好のレジャーなのではないかと。

    おそらく・・・30年前は彼らも若く、ギャンブル魂が熱く燃えていたのであろう・・・と想像する。

    結局、ビギナーズラックもなく競輪場をあとにして、4月にオーブンしたばかりのIKEA立川店を目指す。

    イケア多摩モノレールの脇にできた、巨大な構造物。

    真新しいピッカピカのIKEAのショールームを眺めていると、立川競輪場は昭和の遺跡だったんじゃないかという気がしてきました。

    シネマ通りそして、競輪場に歩いていく途中に偶然見つけたシネマ通り商店街

    古くて寂しい商店街なんだけど、何かちょっと独特の雰囲気がある。

    あんドーナツ和菓子屋さんなのに、メインがあんドーナツ
    おじさんに話を聞くと、進駐軍時代に栄えた古い商店街で、もちろんかつては映画館もたくさんあったとのこと。

    あとで調べてみると、かつての赤線地帯だった。
    やっぱりね・・・。

    玉河
    IKEAのレストランでミートボールを食べるはずが、結局いつもの玉河で競輪中継を見ながら中生コース。
    やっぱ、これでしょ。



    というわけで、ついに競輪→玉河という完璧オヤジコース達成。
    シネマ通りで買ったあんドーナツも素朴でおいしかった。

    立川に残るかすかな昭和の匂い・・・いつまであるかなあ。
     

    サヨナラ国立

    • 2014.04.30 Wednesday
    • 11:27

    改築計画についてはいろいろもめてるみたいですが、国立競技場は5月31日のファイナルに向けてカウントダウンが始まっています。
    SAYONARA国立プロジェクト

    最後にもう1回行っておくかなと思っていたら、4月29日(昭和の日)FC東京×名古屋グランパスのチケットをもらったので、出かけてみました。

    渋谷方面から行く場合、大江戸線に乗り換えて国立競技場前から行くのが普通でしょうが、私は昔と同じように銀座線の外苑前から歩いていくのが好きです。
    この道は、いつもあまり人が歩いていません。


    日本青年会秩父宮ラグビー場、神宮球場を過ぎると日本青年館が見えてくる。この景色が好きなんだ。

    階段サッカーを見に行くようになったのは割と最近なので、昭和の思い出というと青年館ホール。よくこの階段に並んだな・・・。


    この日本青年館も、競技場の拡大改築のため平成26年度に取り壊されることになっているはずですが、具体的にいつまで営業というスケジュールはまだ出てないようです。
    最後の記念に1階のレストランでランチ。

    瓦斯サポFC東京のホームゲーム。
    祝日の13時のキックオフ、あとからあとから人が入り、来場者数は25,851人。
    1−0で名古屋が勝ちました。


    さよなら国立さよなら国立。
    おつかれさまでした。


    新しいスタジアムの完成予想図を見ると、ホントにこんな巨大なものがここにできるの?
    神宮の森の景観がぶち壊し・・・とも思いますが、そもそも明治神宮も何もないところに作ったわけだし、東京オリンピック以前の東京の姿は私も知らないし。

    できたときにはヘンテコでも50年100年たてば、その景観になるという説もあり・・・。

    お土産お土産にもらったSAYONARA国立のタオルハンカチ。
    4月・5月に行われる国立でのイベントに行った人全員がもらえます。
    Jリーグもあと2試合ほどあるので、まだ間に合います。

     

    さよなら昭和の家電

    • 2014.04.07 Monday
    • 22:31

    消費税率が5%から8%へ。
    買いだめなんかしても無駄無駄と言いながら、3月末に滑り込みで買ってしまったのがオーブンレンジ。

    うちの単機能の電子レンジは、夫が1987年に買ったものだそうで既に30年近い。
    完全に壊れたわけではなく、使おうと思えば使えるのだけれど、実はこの電子レンジ、スカパーにものすごく干渉して、スカパーでサッカーなんか見てるときは、電子レンジは使えないのです。

    ・・・長年、そういうものなんだと思って使っていたけど、誰に聞いても、「そんなことはない」と言われるので、もしかして昔の電子レンジって電磁波ダダ漏れなのか?と不審に思い始めたところで、若干不具合が出てきたので、この際引退してもらうことに。

    電子レンジも古いが、もっと古いのが私が持ってきた電気オーブン。
    少なくとも35年以上前から使ってる・・・と思います。

    故障はしたことはないが何しろ古いので電気代もかかりそうだし、電子レンジとオーブンの2台を置いているので台所で場所を取る。
    というわけで、どちらかが壊れたら、1台のオーブンレンジに統合して買い換えるというのは決定事項でした。

    愛用の電気オーブン。
    恐らく自分のお小遣いで買った最初の家電製品だと思う。
    パナソニックになる前のナショナル製。
    ダイヤルで温度を設定して、ダイアルで時間を回すだけの単純構造。

    新しいオーブンレンジは、電子レンジを使用してもテレビに全く影響が出ません(当たり前?)。
    そういう意味ではもっと早く買い換えていればよかった・・・とは思うのですが、やっぱオーブンは古いオーブンの単純構造ゆえの使いやすさは捨てがたい・・・いや、これから捨てるんですけどね(まだ捨てていない)。

    これで、わが家から「昭和の家電」はついになくなった・・・かな。

     

    明治生まれのブロガー?

    • 2013.09.03 Tuesday
    • 10:20


    実家を整理したため、いろいろなものが手元に来てしまい、整理と処分に悩んでいます。

    面白いのは、日常を写真とキャプションで編集するという、今ならブログでやるようなことを、私の父も母も、伯父もやっていることです。

    公務員だった父は、「勤続50年のあしあと」という自分の職業人生を編纂した写真集(?)を何十冊も残していました(勘弁して〜)。

    写真が趣味だった伯父は、本当はもっと大量にあったはずですが、結局、ある一日を記録した小さなアルバム1冊だけが残されていました。

    これがまたブログ風で、もしかしてこういうことをやらずにはいられないのはわが家の血筋なのか?

    私が持っていてもいずれ処分しなければならないので、可愛がってくれた伯父の供養に、ここに残しておきます。

    タイトル「或る日の我家」
    2601.1.作品


    カメラ:ミニヨン
    フィルム:サクラパンF スペシャルクローム



     

    「2601.1」というのは、皇紀2601年1月、つまり昭和16年(1941)1月のある日のわが家ということだと思います。


    朝恰も休日になれば、床を起き出すも何時もより遅く、眼醒れば朝の光、欄間より障子に強く照り映えたり。時計を見れば九時を少しく過ぎぬ。寝呆け眼にて雨戸をあければ陽光サット家内に飛び入り、両の眼一時に輝ゆし。

    多分、これは戦後もずっと住んでいた松戸市の借家だと思われます。

    火起こし先ずは何を置いても胃の腑の要求に応ずべく、一日の原動をここに求めて、火を起こす団扇の音忙し。

    伝書鳩わが胃の腑の要求烈しきを感じ、この思いやり伝書鳩の上にいともねんごろに現はれ、給餌また真剣なる面持たり。

    書斎書斎に於けるひと時また楽し。九尺四面の小書斎なれど、古今の英雄、聖賢も陣取り、菲才われを教示鞭撻すること多大なり。何を以てかわれこれに応へん。唯、五尺の体躯あるのみ。

    伯父は大変な読書家で、また蔵書家でした。
    そして、今でいうオタク。この当時は伝書鳩に凝っていたのでしょう。

    書斎2

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    屋上の昭和

    • 2013.03.07 Thursday
    • 23:40


    東急東横店の屋上にまだこんなの残っているんだ!
    ということに気が付いたのは、昨年、渋谷にヒカリエがオープンして上のフロアから東横店の屋上を眺めたときでした。

    これは今のうちにもう一度行ってみなくては・・・と思っているうちに、カウントダウンが始まりました。
    いよいよ渋谷駅の建替え、再開発が始まります。

    プレイランド東横店の屋上とヒカリエ。












    お手洗いトイレと洗面台が昭和なテイスト。

    都会っ子ではないので、子供の頃、ここで遊んだわーというような思い出はないのですが、20年くらい前かな、何かでたまたま屋上に出てみて、え〜まだこんなレトロな屋上遊園地が残ってるんだ!と驚きました。

    それ以来久しぶりに昇ってみたら、ペットショップは既に閉店していましたが、時間が止まっているような空間はそのまま・・・。

    私以外にも写真を撮りに来ている大人もいましたが、子供を遊ばせているお母さんもいて、きっと長い間、子連れのお母さんの穴場だったんだな。
    渋谷でこんなのんびりしたところってないもん。
    本当におつかれさまでした。

    おかえり歌舞伎座

    • 2013.02.24 Sunday
    • 16:38


    いえ、まだなんですけどね。

    4月2日に開場予定の新しい歌舞伎座の様子を見てきました。

    歌舞伎座ビルおおっ!でかっ。
    角に出光のビルがあるのでわかりにくいのですが、歌舞伎座本体は前と同じサイズで再建されています。
    その背後で劇場と一体になっているビルがでかいのだ。


    正面晴海通り側正面。観光客が写真を撮りまくっています。

    歌舞伎稲荷とメトロ入口遠目にはほとんど同じに見えますが、前に切符売り場があった側に、地下鉄東銀座駅の入り口ができて、その隣にやっと歌舞伎稲荷が戻ってきた。

    切符預かり正面左にあった切符預かり窓口は右に移動。

    一幕見入口一幕見席入口は、前と同じ位置だが、幕見のチケット売り場が外に向いている。
    劇場前の歩道が広がり、地下鉄の東銀座駅に降りる狭い入口は消えてしまっていた!

    純喫茶アリス跡昭和通りに面しているオフィスビルの入り口。かつての歌舞伎座ビル1階にあった純喫茶アリスのあたり。


    楽屋口楽屋口の位置は変わっていないが、いきなりエレベータの扉があるように見えます。













    思えば、一足早くさよなら歌舞伎座をしてからはや3年。
    あっという間の3年でしたが、その間に大震災があり、歌舞伎界でも人間国宝が3人亡くなり、開場を目前に、勘三郎と團十郎が亡くなるという・・・歌舞伎にとって大変な苦難の3年間になりました。

    この3年というもの、私もまともに銀座を見てなくて、久々に歩いてみていろいろびっくりでした。

    東京スクエアガーデン京橋駅の上というかホテル西洋銀座の斜め向かいに新しいビルが。これもでかいわ。
    4月開業の東京スクエアガーデンという再開発ビルだそうです。

    数寄屋橋阪急跡地数寄屋橋交差点の阪急百貨店が入っていたビルがないよ〜。
    取り壊すとは聞いていたけど、ほんとに跡形もなくてビックリしたよー。


    銀座松坂屋銀座松坂屋は閉店セール中。

    えり菊閉店老舗呉服店えり菊も店じまい。

    銀座の街は、たとえば新宿や渋谷などに比べれば、変化はゆっくりだと思っていたけど、ここのところ随分テンポが速い気がする。

    しかし、2009年に諸国漫遊したときより、アンテナショップの数は増えて、どこも人であふれていました。

    熊本熊本館なんて人でいっぱいで入ることもできなかった。
    くまもん買いたかったのに。

    高知まるごと高知で野菜と、大丸(ゆで卵が丸ごと入っているかまぼこ)と日本酒を買う。
    地下の酒売り場が充実しているのはさすがだ。

    歌舞伎座がオープンしたら、また銀座にも出掛けましょうかね。

    恋の話をしよう

    • 2013.01.11 Friday
    • 13:44

    札幌生まれとはいっても、4歳で本州に渡ったので故郷と言えるような場所はないのですが・・・

    行啓通故郷その1。
    市電の行啓通の停車場の目の前に、母の実家がありました。

    札幌市内中心部からやや北に下がった山鼻と言われるあたり、今ではマンションも増えましたが、札幌の中では比較的古い街並みです。

    自営業だった母の実家はすでにないのですが、この近くに今年で91歳になる伯母が一人で住んでいます。

    私は頭の回転の速いこの伯母が好きで、札幌に行くことが増えた最近はときどきご機嫌伺いに行ってます。

    この伯母は二度結婚していて子供はないのですが、その辺の事情は母のフィルターを通してしか知らないので、もうそろそろいいだろうと、今回初めて
    「伯母さん、最初の結婚はどういう人だったの?」と直球で聞いてみました。

    そしたら、まあよく聞いてくれたとばかりに
    復員してきた彼がうちを訪ねてきたの」という返事が。

    つまり、戦後、樺太から札幌に引き揚げて、ようやっと電車通りに住居兼店舗を構えたところに、復員してきた中学の同級生が訪ねてきた、ということです。

    中学の同級生・・・じゃあ初恋の人?と聞けば、「いやそれは違う。初恋の人は別」という・・・。

    「でも、そのとき私と彼は一目で恋に落ちたのさ

    24歳の時だそうですが、その時、父親が20歳も年の離れた資産家との縁談を進めていて、それがいやでたまらなかったということもあって、恋の炎がボーボーと燃え上がったというわけです。

    樺太の人はみな戦争で帰る家をなくしているので、彼も財産は着ている軍服のみ、まだ物資の乏しい時代、ゼロからスタートした新婚生活は10年後に破たん、50歳で再婚するまでの波乱万丈の物語を昨日のことのように聞かせてもらいました。

    90歳のお年寄りも最初から老人だったわけでなく、青春があり初恋があった・・・という当たり前のことに気が付いたのは、晩年の祖母を見舞いに行って、何気なく「おじいちゃんとはどうして知り合ったの?」と聞いたときでした。

    そのとき祖母は、幼なじみだった祖父が先に秋田から樺太に入植し、開拓に成功してから「馬橇で迎えに来てくれたの」と、嬉しそうに話してくれました。

    馬車ではありません。馬ソリです。
    その時私の脳内には降りしきる雪の中、馬橇を操って近づいてくる若き日の祖父の姿の映像(←たぶん「北の国から」のイメージ流用)が浮かんだのです。

    祖母の死後、何年かたってその話を伯母たちにしたら、「そんな話は誰も聞いたことない。母さんの夢だったんじゃないか」と言われましたが、夢だったとしても、晩年の祖母の中で、祖父は馬橇に乗って迎えに来た王子様だったんだと思います。

    もし身内で85歳以上の高齢者がご健在なら、頭がボケないうちにぜひ一度、恋の話を聞いてみてください。
    意外なロマンス小説が引き出せるかもしれません。

    ロマンスじゃなくても、戦中戦後の話をリアル体験者から聞き取れる時間はもう残り少なくなっています。
    あとから、生きてるうちにもっと聞いておけばよかった・・・と思っても遅いので。

    ラヴ・ラヴ・ラヴ愛こそすべて

    • 2012.01.25 Wednesday
    • 10:20
    1971年1月24日に解散したザ・タイガース、その解散コンサートの実況録音盤「ザ・タイガース・フィナーレ」を今聴くと「なんじゃこれは」と思うことでしょう。

    ほとんど悲鳴と絶叫です。
    でも「ホントーにとんでもない人気だったんだ」ということはわかります。
    その後の世代のアイドルに対する「キャー」とは質と量が違う・・・全然違う。
    60年代の少女と、その後の世代の少女の飢餓感の違いではないかと考察しますが、それは置いといて。

    解散から41年の同じ日の日本武道館、60代になったザ・タイガース(マイナス1)のコンサートに行ってきました。

    何度も言うようですが(笑)、私はGS世代じゃないので、71年の解散コンサートも知らないし、タイガースの楽曲も解散後に買ったレコードで知った曲のほうが多いのですが・・・やっぱタイガースって曲がいいよね。

    タイガースの曲オンリーのコンサートでしたが、帰って来てから「あれもやってない」「もっと聴きたかった」と思いつつ、私の好きなタイガースの曲ベストテンを作ってみました。

    青い鳥 作詞:森本太郎 作曲:森本太郎
     ♪青い鳥をみつけたよ 美しい島で

     これは我が家で最初に購入したタイガースのシングル盤なのです。当時幼稚園児だった弟が、親にねだって買ってもらった。それくらい全世代に浸透した流行曲でもあったわけです。
     この曲のなにが素晴らしいかというと、イントロのチャーンチャチャラララチャンチャチャチャンというギターですね。

    銀河のロマンス 作詞:橋本淳 作曲:すぎやまこういち
     ♪銀河にうかべた白い小舟・・・シルヴィーマイ・ラブ

     「世界はボクらを待っている」というタイガース映画のサントラ盤がありまして、「みなさーん、僕はいま宇宙人につかまっています。助けてくださーい」みたいな棒読みセリフとともにラストに収録されている曲。前期タイガースの「意味不明だけどロマンチック」路線の中でもとくに愛らしい曲。

    花の首飾り 作詞;菅原房子(補作詞:なかにし礼) 作曲:すぎやまこういち
     ♪花咲く娘たちは 花咲く野辺で

     公募の作詞は当時の高校生で、完璧な少女趣味だけど、後年何度もカバーされている不思議な曲。
     
    モナリザの微笑 作詞:橋本淳 作曲:すぎやまこういち
     ♪雨がしとしと日曜日 僕はひとりで きみの帰りを待っている
     
     これも意味不明だけどロマンチックシリーズ。
    昭和40年代の週刊マーガレット的と言うか、まだまだ日本は貧乏だったんだなーと思います。

    廃墟の鳩 作詞:山上路夫 作曲:村井邦彦
     ♪人は誰も 悪いことを 覚えすぎた この世界

     「ヒューマンルネッサンス」という、当時としては画期的なコンセプトアルバムを世に送り出したタイガース。そのコンセプトを代表する曲。

    シー・シー・シー 作詞:安井かずみ 作曲:加瀬邦彦
     ♪愛のピエロが かぞえた たして引いても かけてもABC・・・

     意味不明だけどおしゃれ
     故・安井かずみのかなり初期の作品だと思います。今聞いても昭和の貧乏くささが全然ないのはさすが。

    美しき愛の掟 作詞:なかにし礼 作曲:村井邦彦
     ♪ぼくは君のために 重い罪をおかし くさりにつながれてもかまいはしない

     意味不明だけど耽美
     さらに「ろうやで死んでもかまいはしない」と続くのであります。
    バニラファッジやクリームなど当時流行のアートロックを意識したという解説を読むと、なるほどねーと思います。

    落葉の物語 作詞:橋本淳 作曲:すぎやまこういち
     ♪コートにつつんだ 愛のショコラーテ

    「愛のショコラで」って? ずっと意味がわからなかった。今もわからないけど。

    風は知らない 作詞:岩谷時子 作曲:村井邦彦
     ♪風は飛ぶ 枯れ草のうえを

    「美しき愛の掟」のB面。隠れた名曲と言われてます。

    ラヴ・ラヴ・ラヴ 作詞:安井かずみ 作曲:村井邦彦
     ♪時はあまりにも 早くすぎゆく よろこびも悲しみもつかのま

     昔はなんとなく聞いていたけど、年をとるほどにしみじみ来る名曲。
    41年前に「時はあまりにも早くすぎゆく」と歌っていた若者たちが、60歳を過ぎてまた一緒に歌ってる・・・なんと言うか、本当に時は止められないんだなーと思いました。






     
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    国営昭和記念公園〜コスモスまつり

    • 2011.10.31 Monday
    • 22:32

    私がバスで玉川上水を越えて立川駅に出て通学していたころ、ここはまだ米軍基地でした。
    その後、基地は全面返還されて、昭和記念公園になりました。

    吉川晃司の野外ライブで行ったときは、まだ原っぱしかなかったような気がするんだけど・・・気がついたら、立派な公園になっていた。

    よく晴れた土曜日、恒例の大人遠足で、ちゃんと整備されてからの昭和記念公園に初めて行きました。

    なんか・・・いろいろビックリ。

    だって平らな飛行場だった場所に、山あり池あり、並木道あり日本庭園あり。

    いちょう並木イチョウ並木の入り口。
    もうすぐ紅葉。

    こすもすコスモスは見ごろを過ぎてたけどそれでもきれい。

    こもれびの里こもれびの里という昭和の農業体験ができるDASH村みたいなエリア。
    この日は脱穀中。

    はらっぱ原っぱ。ここは最初にできたエリア・・・だと思う。

    水鳥の池水鳥の池

    自然な雑木林も作りこんだ日本庭園も、この2,30年のものとはとても思えない。

    でも、こもれびの丘は、基地などの瓦礫を積んで土をかぶせて30メートルの山を作ったと、説明に書いてありました。

    造園ってすごい。

    ここで吉川のライブを見たのは昭和の終わりくらいだったと思うのだけど、何もないところに雑木林ができるくらいの大昔なんだ・・・一緒に見に行った友達ももう死んじゃったしな。
    ・・・と、しみじみ。

    日本庭園のもみじが色づくころに、また来てみようかな。




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